大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(ネ)4341号 判決

控訴人

上谷成樹

内浦漁業協同組合

右代表者代表理事

金指貢

右訴訟代理人弁護士

新里秀範

主文

一  本件控訴を棄却する。

二1  被控訴人は、控訴人に対し、九万七五八〇円及びこれに対する平成七年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の当審におけるその余の予備的請求を棄却する。

三  当審における訴訟費用はこれを五〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、四四〇万二五八〇円及びこれに対する平成五年九月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  当審における予備的請求として

被控訴人は、控訴人に対し、九万七五八〇円及びこれに対する平成五年九月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  後記二1の主張を争う。

2  仮に、被控訴人に詐欺の故意がないとしても、控訴人の支払った潜水料合計九万七五八〇円は、被控訴人が法律上の原因なくして利得したものであり、控訴人に同額の損害が生じているのであるから、控訴人は、被控訴人に対し、予備的に右金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年九月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被控訴人

1(一)  被控訴人の潜水料ないし入海料(以下「潜水料」という。)徴収の法的根拠は、一元的に説明されるべきものではなく、「漁業権侵害の受忍料」の性格を有する部分もあり、「手数料」、「サービス料」あるいは「協力金」の性格、更には、「一村専用漁場の慣習による水面利用料」の性格を有する面もあるのである。

(二)  漁業権とは、一定の漁業をするために特定の漁場を排他的に支配する権利である。したがって、ダイバーが漁業権の対象である漁場内で潜水行為をすることは、漁業権の侵害となるものである。被控訴人が、予め漁場の一部分をいわゆる潜水スポットとして解放することは、漁業権侵害を受忍するものであり、ここに潜水料を徴収する根拠があるのである。

被控訴人がダイバーから徴収する潜水料は、三三〇円(他に消費税一〇円)であるが、内金一二〇円については、安全対策費、漁場管理費、遭難対策費、漁業補償費に充てられ、現にダイビングスポットの近くに設置されている江梨地先漁民の小型定置網二張り分に対し、年間五〇万円の漁業補償費が支払われ、更には、当初、ダイビングスポットの開設により、刺し網や採貝等の漁業の操業ができなくなるということで、組合員から漁業補償の要求が出ていたものを、種苗放流を条件にダイビングスポットを開設した経緯があり、被控訴人は、この補償費の支払に替えて、漁業振興費として受け取るダイバー一人当たり三六円の中から、あわび、たい、ひらめ等の稚魚を放流しているが、これらも漁業権侵害に対するものである。

(三)  寛保元年(一七四一年)の律令要略には、「一 磯猟は地附根附次第也、沖は入会。 一 小猟は近浦之任例、沖猟は新規にも免之例あり。 一海石或浦役永於納之は、他村の漁場たりとも、入会候例多し」と定められ、右のうち、前二者の沖猟と磯猟の観念の区別は、明治漁業法の沖合の自由漁業ないし許可漁業と、沿岸漁業における免許漁業の観念の区別の起源となったといわれ、後者は、慣行によって他村の地先へも入漁することを法制化したもの(入漁料)とされている。

そして、現在における漁業権も沿岸部だけに限定して免許されているのは「磯は地付き」の思想を受け継いでいるのであり、根底には「一村専用漁場」の慣習が存在することを裏付けている。したがって、この慣習により、被控訴人の漁業権漁場においてダイビングする者は、潜水料を支払う必要があるのである。

(四)  被控訴人には控訴人を騙す意思はなかったので、潜水料の徴収が控訴人に対する不法行為をを構成するものではないし、また、潜水料の徴収には法的根拠があるので、これが不当利得となることはない。

2  前記一2の主張を争う。

第三  証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被控訴人による潜水料の徴収について

証拠(甲三の1ないし287、乙一ないし五、六の1ないし4、一三、原審証人原田正敏、当審証人田中克哲、原審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、昭和二四年九月に設立された協同組合で、沼津市大瀬崎を含む内浦周辺の漁業者である組合員によって構成されており、本件海域について、協同漁業免許を有しているところ、免許に係る漁業としては、第一種協同漁業がいせえび漁業、なまこ漁業、あわび漁業、さざえ漁業、たこ漁業、のり漁業、ひじき漁業、わかめ漁業、はばのり漁業、第二種協同漁業が磯魚刺網漁業、第三種共同漁業がいわし・しらす地びき網漁業、雑魚地びき網漁業で、その組合員において網漁具を敷設するなどして操業している(被控訴人が大瀬崎を含む内浦周辺の漁業者で構成された協同組合であることは、当事者間に争いがない。)。

2(一)  昭和五六年ころから、本件海域でスキューバダイビングを楽しむ人が多くなったため、ダイバーと漁船との接触のおそれやダイバーによる密猟をめぐっていざこざが発生するようになり、更には定置網漁業における被害も予想されるようになった。

(二)  そこで、昭和六〇年九月二一日、大瀬崎を利用するダイバー、地元の民宿及びダイバーショップの経営者で作られた大瀬崎潜水利用者会(後にその名称を「大瀬崎潜水協会」に変更した。)と被控訴人は、本件海域のうち、第一海域、第二海域及び特定海域を「ダイビングスポット」として潜水できる海域を指定し、これ以外の海域での潜水を禁止するとともに、海水浴客並びに鮎の稚魚及び定置網を保護する必要上、各海域での潜水時間を制限することなどを内容とする協定を結び、以後、被控訴人の組合員は、ダイビングスポットにおける操業を差し控えている。なお、右協定は毎年更新されている。

(三)  右協定と同時に、被控訴人は、潜水料としてダイバー一名から三四〇円(消費税一〇円を含む。)の潜水料を徴収するため潜水整理券を発行し、江梨地区の漁業者で構成されている江梨地先漁業会に対し、その販売を委託した(被控訴人が三四〇円の潜水整理券を発行していることは、当事者間に争いがない。)。

(四)(1)  被控訴人は、右協定後、ダイバーに対しては、大瀬崎潜水協会の会員であると否とを問わず、江梨地先漁業会から潜水整理券を購入した上で、被控訴人が設置したダイビングスポットのみで潜水することを求め、それ以外の海域で潜水することを禁止した。

(2) 最近、大瀬崎においては、年間六万七〇〇〇人程度のダイバーが訪れ、ダイビングのシーズンには、海浜がダイバーで埋め尽くされるような状態である。

(五)  被控訴人は、潜水料から消費税を差し引いた三三〇円のうち、大瀬崎潜水協会に運営費などとして三〇円を、江梨地先漁業会に販売委託費などとして九〇円をそれぞれ交付し、残りの二一〇円については、定置網の設置業者への漁業補償費、安全を呼び掛ける看板やダイビングスポットを示すブイの設置、監視船の運航などの安全対策費及び漁場管理費、ダイバー遭難時に被控訴人による捜索を行うための遭難対策費などとして一二〇円を、あわび、ひらめ、たいの稚魚の放流の事業等のための漁業振興費として九〇円(被控訴人に三六円、江梨地先漁業会に五四円)をそれぞれ使用している。なお、被控訴人は、当初、ダイビングスポットが開設されたことにより、刺し網や採貝等の漁業の操業ができなくなることから、漁業補償金を要求していたが、種苗の放流を条件にダイビングスポットの開設に応じた経緯があるので、あわび、たい、ひらめなどの種苗を放流している。

3(一)  控訴人は、潜水器材の開発及び製造販売並びにダイビング講習を業とする者であり、器材の購入者を対象として、本件海域でダイビング講習を実施している。

(二)  控訴人は、大瀬崎潜水協会の会員ではないが、本件海域でダイビシグ講習を行う都度、江梨地先漁業会から潜水整理券を購入して潜水しており、潜水整理券の購入額は、平成元年九月一六日から平成五年五月一〇日までの間に、二八七回合計九万七五八〇円に達した(ダイバーが潜水整理券を購入して潜水していることは、当事者間に争いがない。)。

二  潜水料徴収の法的根拠について

被控訴人は、潜水料徴収の法的根拠は、一元的に説明されるべきものではなく、「漁業権侵害の受忍料」の性格を有する部分もあり、「手数料」「サービス料」あるいは「協力金」の性格、更には、「一村専用漁場の慣習による水面利用料」の性格を有する面もある旨主張するので検討する。

1  漁業権侵害の受忍料としての性格について

(一)  漁業法(以下、単に「法」ともいう。)は、「漁業生産に関する基本的制度を定め、……もって漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする」(法一条)ものであり、この法律において、「漁業権」とは、定置漁業権、区画漁業権及び共同漁業権をいい(法六条一項)、「定置漁業権」とは、定置漁業を営む権利を、「区画漁業権」とは、区画漁業を営む権利を、「共同漁業権」とは、共同漁業を営む権利をそれぞれいい(同条二項)、「漁業」とは、水産動植物の採捕又は養殖の事業をいう(法二条一項)ものとした上、漁業権の設定を受けようとする者は、都道府県知事に申請してその免許を受けなければならない(法一〇条)ものとし、漁業権について存続期間を定め(法二一条)、漁業権を物権とみなし、土地に関する規定を準用している(法二三条一項)。なお、公共の用に供しない水面には、別段の規定がある場合を除き、この法律の規定を適用しない(法三条)ものとしている。

そして、右の規定によれば、漁業権は、すべて行政庁の免許という行政行為によって設定され、これ以外の方法によっては発生しない権利であり、原則として、免許で定められた公共の用に供する水面の特定の漁場区域において特定の種類の漁業、すなわち、水産動植物の採捕又は養殖の事業を排他独占的に営む権利であるところ、水産動植物の採捕又は養殖の事業を営むためには、水面を使用することが必要不可欠であるから、漁業権には、当然、漁業のために水面を使用する権能をその中に含むものと解するのが相当である。しかしながら、元来、海が公共用水面である上、特定の水面に漁業権が重複して免許されることがあることからすると、漁業権を有する者は、免許の対象となった特定の種類の漁業、すなわち、水産動植物の採捕又は養殖の事業を営むために必要な範囲及び態様においてのみ海水面を使用することができるにすぎず、右の範囲及び態様を超えて無限定に海水面を支配あるいは利用する権利を有するものではないといわなければならない。そして、漁業権が物権とみなされていることからして、漁業権者は、漁業権の侵害に対しては、妨害排除及び妨害予防請求権並びに損害賠償請求権を有するものと解されるが、右請求権が発生するためには、漁業権が現実に侵害されたか又は侵害される具体的なおそれがあるなどの要件が存在することが必要であることは、いうまでもないところである。

(二)  これを本件についてみると、前記一に認定したとおり、本件海域において、ダイビングの実施により、漁業者の操業に支障を来すようなことがあったことなどから、被控訴人と大瀬崎潜水協会との間で協定を締結し、被控訴人の組合員が、「ダイビングスポット」での操業を差し控えてダイバーに開放する見返りとして、ダイバーから料金を徴収することになったのであるから、被控訴人が徴収する潜水料のうち、定置網の設置業者への漁業補償費及び稚魚等の放流に要する経費である漁業振興費の各名目に相当する分については、漁業権者である被控訴人あるいは漁業権を行使する被控訴人の組合員が、漁業権あるいは漁業権行使権の侵害行為に対し予めこれを受忍し、その対価(受忍料)として徴収する趣旨のものと考えることができる。

しかしながら、漁業権あるいは漁業権行使権の侵害に対する損害賠償を請求することができるためには、具体的なダイビングによって、漁業への悪影響が生じ、かつ、そのために現実に損害が発生したことが必要であるところ、証拠(乙五、原審証人原田正敏、当審証人田中克哲)によれば、本件においては、大勢のダイバーのダイビングによって漁場が荒らされ、漁業に対して悪影響を及ぼすおそれがあることが認められるが、そのことによってその額を具体的に算定することのできるような損害が生じた事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はないので、被控訴人ないしその組合員が、特定のダイバーに対して損害賠償請求権を有するということができないことはもとより、ダイビングによって生じるおそれのある被害の額が、被控訴人が徴収する潜水料に相当する程度あるいはそれ以上のものであるかどうかも、明らかではない(なお、被控訴人が、潜水料のうち漁業補償費相当分を漁業権行使者に分配していないことは、既に認定したところから明らかである。)。このような事情のもとにおいては、被控訴人は、漁業権を有しているからといって、本件海域においてダイビングをしようとする者に対し、その同意がないにもかかわらず、一方的に潜水料を支払うことを要求し、その支払がない場合にダイビングを禁止することはできないものというべきである。

2  手数料等の性格について

また、前記一に認定したところによれば、被控訴人が徴収する潜水料のうち、販売委託費名目の分については「手数料」、漁場管理費及び遭難対策費名目の分については、被控訴人がダイバーに対してサービスを提供する対価としての「サービス料」、被控訴人による「ダイビングスポット」の管理等に対する「協力金」としての性格をそれぞれ有しているものとされているということができる。

しかしながら、これらは、あくまでもダイバーから徴収した潜水料三四〇円を使途配分するためにその内訳について一応の性格付けをしたものにすぎず、例えば「サービス料」としての性格を有するものについてみても、「サービス料」に相当する金額だけを支払えば、ダイバーが被控訴人のサービスだけを受けられるものとされているわけではなく、また、「手数料」は、潜水料を当然に徴収することができることを前提として初めて必要となる経費であって、これによって潜水料を徴収することの根拠とすることはできず、更に、「協力金」については、そもそもダイバーに対しその支払を強制すべき性質のものでないことはいうまでもない。そうすると、被控訴人の徴収する潜水料に前記のような性格があるとしても、これによって、被控訴人において、本件海域においてダイビングをしようとする者に対し、その同意がないにもかかわらず、一方的に潜水料を支払うことを要求し、その支払がない場合にダイビングを禁止することができることの法的根拠とすることはできないというべきである。

3  一村専用漁場の慣習について

(一)  証拠(乙五、七、一〇、一一、一四、一五、当審証人田中克哲)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 江戸時代の一般的法規である「山野海川入会」のうちの「魚猟海川境論」において、「魚猟入会場は、国境之無差別」、「磯猟は地附根附次第也、沖猟は入会」として、磯猟と沖猟とを区別し、沖猟は境界なき漁場とされたが、村前海又は地元の磯根続きは、土地の延長と同一視して、地元浦一村専用の漁場と解され、一村専用の漁場については、その村の漁民等が各自又は共同利用して漁業を行っていた。一村専用漁場に対する村の支配は、使用収益処分をなし得る私法上許された最高の物権的支配であり、入会漁業を目的とする漁場は、「村総持」すなわち総有に属するものであり、漁民の総体が有する管理権能に基づいて漁場の利用方法が定められ、構成員たる漁民は、個別的な固有の権能に基づき、取り決められた事項の範囲内において漁場を利用していた。

(2) 明治時代になり、山野の入会については、民法において「各地方ノ慣習ニ従フ」ところの入会権(民法二六三条、二九四条)として継受されたが、入会漁業についでは、明治三四年に制定された漁業法(法律第三四号。以下「明治旧漁業法」という。)は、「四条 水面ヲ専用シテ漁業ヲ為スノ権利ヲ得ムトスル者ハ行政官庁ノ免許ヲ受クへシ。 前項ノ免許ハ漁業組合ニ於テ其ノ地先水面ヲ専用セムトスル場合ヲ除クノ外従来ノ慣行アルニ非サレハ之ヲ与ヘス。 三四条 従来ノ慣行ニ因ル第三条又ハ第四条ノ漁業者ハ本法施行ノ日ヨリ一箇年以内ニ出願スルトキハ之ニ免許ヲ与フへシ。

前項ノ漁業者ハ其ノ免許ヲ出願シタル者ニ在リテハ許否ノ処分ヲ受クル迄ノ間其ノ他ニ在リテハ本法施行後一箇年間仍従前ノ例ニ依リ漁業ヲ為スコトヲ得」と規定して、従前の入会漁業を専用漁業として規律し、行政官庁の許可を受けるべきものとした。ここにおいては、封建的な旧慣行がそのまま生かされていたということができる。

(3) 明治四三年に改正された漁業法(法律第五八号。以下「明治漁業法」という。)は、漁業権を物権とみなすとともに、新たに入漁権を創設し(一二条ないし一五条)、従来の入会権をこれに整理導入したが、その内容は、依然として旧慣維持という立場を採るものであった。

(4) 第二次大戦後の経済民主化政策の一環として、陸の農地解放に続いて、海の漁業制度の改革が行われた。この改革は、従前の漁場秩序を一旦全面的に否定し、旧来の漁場の利用関係を白紙に還元した上で新しい漁場秩序を作り上げるというものであった。昭和二四年に制定された漁業法(法律第二六七号)は、長年の慣行として行われてきた沿岸漁場の権利関係の全面的な整理を行い、従前の漁業権及びこれに関連する権利関係はすべて二年以内に消滅させて、新しく計画的に漁業権を免許しようとするものであった。このために必要な漁業法施行法(昭和二四年法律第二六八号)を同時に公布し、従前の漁業権及びこれに関連する権利を消滅させることに伴い、漁業権者等に対して補償金を交付することとした(漁業法施行法九条以下)。このようにして、江戸時代から長い間慣行によって続いた漁場の権利関係については、すべて補償をして一旦消滅させた上で、現行漁業法に基づいて、新たに漁業権等が設定されたのである。

(二) 以上の事実によれば、江戸時代には、村前海又は地元の磯根続きは、土地の延長と同一視して、地元浦一村専用の漁場と解され、一村専用の漁場においては、その村の漁民等が各自又は共同利用して漁業を行っていたとの慣行があり、明治旧漁業法には、右の慣行が専用漁業として取り入れられ、更に、明治漁業法において、専用漁業権及び入漁権として整理されたところ、第二次大戦後の漁業制度の改革に際し、長年の慣行として行われてきた沿岸漁場の全面的な整理を行い、従前の漁業権及びこれに関連する権利関係は、補償金を交付した上、すべて二年以内に消滅させることとしたのであるから、現行漁業法が施行されて二年経過したのちには、従前の漁場の権利関係は、一村専用漁場の慣行に基づく権利関係も含めてすべて消滅し、その後は、現行漁業法に基づいて設定された権利関係だけが存続しているにすぎないと解するのが相当である。

そうすると、一村専用漁場の慣行も、入会料徴収の根拠とすることができないものというべきであるから、この点に関する被控訴人の主張も、採用することができない。

三  控訴人の請求について

1  不法行為に基づく損害賠償請求について

控訴人は、被控訴人がダイバーから潜水料を徴収する法的な権限がないことを知りながら、その権限があるように装って、控訴人に潜水整理券を購入させ、潜水料を徴収した旨主張するところ、右の事実を認めるに足りる証拠はない(なお、前掲各証拠によれば、控訴人が潜水整理券を購入した当時、潜水料徴収の可否に関する文献も乏しく、これを徴収する法的根拠があるとする見解も考えられないではないことが認められるので、被控訴人が控訴人に対して過失による不法行為責任を負う者と解することもできない。)。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求は、理由がないので棄却すべきである。

2  不当利得返還請求について

既に判示したところによれば、被控訴人は、本件海域でダイビングをしようとするダイバーから潜水料を徴収する法的根拠がないにもかかわらず、その同意がないのに、潜水料の支払がない場合には、本件海域においてダイビングをすることを禁止する措置を採り、本件海域においてダイビングをしようとする者に対して、事実上潜水料の支払を余儀なくさせたものであり、控訴人は、被控訴人の採った右の措置により、本件海域においてダイビングをするため、潜水整理券を購入して潜水料を支払うことを余儀なくされ、平成元年九月一六日から平成五年五月一〇日までの間に、その支払額が二八七回合計九万七五八〇円になって、右と同額の損失を被り、被控訴人は、右と同額の利益を得たのであるから、右の金員は、被控訴人において、法律上の原因なく不当に利得したものというべきである。

よって、控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人の当審における予備的請求は、被控訴人に対し、九万七五八〇円及びこれに対する予備的請求を記載した書面が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成七年一二月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却し、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官瀬戸正義 裁判官西口元)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例